幻獣採集




 1999年初頭のこと、私はとあるロシア人と世界各地を或る目的で探索していました。
 そのロシア人の名はアレクサンドル・ヒロポンスキー博士。かつての旧ソ連科学アカデミーに所属し、また政府の某諜報機関で特務に就いていたとも嘯く謎多き人物でございます。
 そしてその探索の目的とは、世界各地に密かに棲息する未発見の奇妙奇天烈な生物を採集すると云うものでした。
 探索の地はヨーロッパを中心としましたが、やがてその範囲はアフリカやアジアにも及び、その全行程はほぼ6ヶ月を要してしまったのでした。

 ここに紹介するのは、その探索と採集の日々の中、ヒロポンスキー博士が自ら書いた手記の内容の一部でございます。博士は探索終了時に、彼の手記と採集に成功した謎多き未確認生物群の標本を私に託し、突然姿を消したのでした。
 博士が何を探し、求めていたのかを、この手記を通じて皆さんに感じて頂ければ幸いと思います。


アレキサンドル・ヒロポンスキー博士


手記

   1999年5月某日
 イギリスはウェールズ、ここはバーケンヘッドという地方都市である。イギリスそしてアイルランドはとかくケルト文明の影響を潜在的に色濃く残す地であり、またドラゴンに関する伝承もしかりである。
 長年の研究の末、私はフランス沖に浮かぶ島(訳者註:博士はここを国とは言わない)であるこの地に遙かなる古代から言い伝えられているドラゴンの末裔、いや、その伝説上の怪獣のモデルとなった爬虫生物の一族が現在も密かに棲息しているものと確信を得た。
 私はイギリス、アイルランドの2つの島を5つに分けるウェールズ、イングランド、スコットランド、アイルランド、そして北アイルランドそれぞれの地に独自に進化した生物としてのドラゴンを調査、採集するために先ずこのウェールズに赴いたのだ。
 そもそもドラゴンと言うものは ・・・(訳者註:長くなるので中略)・・・
 取りあえず今日の所はこのホテルにチェックインし、明日からの調査に備える。
 果たしてこのバーケンヘッドに私の追い求めるドラゴンは棲息するのであろうか?

   1999年5月某日
 このバーケンヘッドは鉄鋼と造船で栄えた町のようだ。今日の所は町の周囲のめぼしい場所をチェックするに止める。
 長年海外を転々としており、土地土地での環境には体質的には慣れやすくなっているとは云うものの、この時期のイギリスの空気の湿っぽさには未だに辟易する。
 如何なる時であっても母なるロシアの大地は懐かしく、その空気は自身に深く色濃く染みこんでいるものだと自覚する。
 今後はチェックした幾つかの廃墟を優先して調査せねばなるまい。

   1999年5月某日
 ここ数日、廃墟を中心に調査を続けるが、これと言った成果は上がらない。
 ここの気候には大分慣れたが、何も結果が出ないことに少し苛立ちを覚える。今回、助手として同行しているE氏はこちらの指示通りよく動いてくれている。彼との出会いは今でもはっきりと記憶している。あれは去年のことだったか・・・。
 私はその年、極東の島、日本にいた。この国の言語は一般的に非常に難解なのだが、私はかつて、政府の仕事(訳者註:旧ソ連諜報機関か?)でかなりの期間この国に滞在していた経験があるので、その点については何ら問題はなかった。さて・・・
 その夜、私は首都である東京の観光で非常に有名な某所のバーで酒を飲んでいた。そのバーは全席相席が原則であり、たまたま知り合ったのが彼、E氏だったのだ。奇妙な味のする得体の知れないリキュール酒をお互い飲みつつ、次第に私と彼とはすっかり意気投合し、今回の探索への同行をいきおい依頼してしまったというのがその経緯である。
 考えてみれば、不思議な出会いであったと、今になっても思う。

   1999年5月某日
 現地での聞き込みにより、未確認生物の情報を掴むことに成功する。
 地元の老人の証言によると、どうやら町はずれにある造船関係の鉄工所跡で、空を飛ぶ奇妙な生物、おそらくトカゲの1種であろうそれを以前目撃したことがあるとのことだ。
 今日のところはその廃墟の所在を確認し、内部の簡単な検証を行う。
 件の廃墟は町のかなり外れ、ほとんど人の寄りつかない寂しい場所に位置し、また内部のひどい荒れ果てよう(一面サビとホコリまみれである)からは、此処が人間の手を離れて久しいことが一目瞭然であると言える。
 明日から本格的な調査に乗り出す予定である。
 これが発見の手がかりに、ひいては謎の生物の捕獲に繋がれば良いのだが。
 はやる気持、発見への期待を押さえるのが大変である。今夜は眠れそうもない。
   1999年5月某日
 相変わらずの曇天、今にも泣き出しそうな空模様であったが、今日はこの探索においても、そして私の生涯にとっても記念すべき日となった。
 ついに念願であった未確認生物の発見に至ったのである。
 先日から重点的に調査していた廃墟の内部、複雑な構造の最深部にその生物は居た。いや、正確にはあったと言うべきか。
 それはすでに生涯を終えた成れの果て、つまり死骸であったのだ。
 しかしながらその半ばミイラ化した死骸は、この謎の生物の存在を証明する確実な物的証拠として今、私の手の内にあるのだった。
 体長およそ30センチメートル、兜状の頭部を持ち、その両端には3対の短い角。頭部に対して比較的小さな口蓋部には、すり減ってはいるものの牙状の歯が生えている。
 乾燥しきって肋骨の浮き出た細く優雅な胴体部から全体長のほぼ半分の長さを占める尾部の先端には尾ビレの様な房があり、後頭部から脊椎に沿って尾の先まで並ぶ背ビレの如き棘状の突起を持つ。
 そして何よりこの生物の最大の外見的特徴である前肢。
 あたかもコウモリのような翼を有しているのである。
 我々人間の手にあたる部分、その親指に該当する指のみ独立しており、他の4本はその翼を構成する為、長く伸びている。その各指の間に皮膚質の膜、それは充分に飛翔に耐えうると想像できる。
 外見上は伝説の怪獣、ドラゴンに酷似している。
 またその体色は干からび切っているとはいえ、はっきりと識別できる赤色である。おそらくこれが生きている時には、鮮やかな赤い体色であったことは容易に想像できる。
 詳しいことは今後この死骸を調査することによりはっきりするであろうが、現状ではここまでが私の所見である。
 とりあえずであるが、私はこの生物を「Red Dragon」と命名することにした。



ヒロポンスキー博士による「Red Dragon」のスケッチ

   1999年6月某日
 この地での探索は、先の「Red Dragon」発見により終了する。
 本来ならば生きているドラゴンを捕獲することが目的であり最大の成果と言えるのだが、次なる探索地に向かわねばならない為、現在はその身支度に追われている。
 ここウェールズでは1ヶ月余りの時間を要してしまったため、数日後には次の目的地であるイングランドへ発たねばならない。「Red Dragon」の死骸に関する詳しい検証は、持参している機材では限度があるので帰国後になるであろう。
 無論、ここで出来る範囲については時間の許す限り検証を行う予定である。

   1999年6月某日
 イングランド・ワシントン村、ここは「ラントン・ワーム」と呼ばれる竜の伝承が残る土地である。
 中世、ここには巨大なドラゴンの一族が住み着き、周囲の住民を恐怖のドン底に追いやっていたと伝えられているが ・・・(訳者註:長くなるので中略)・・・
 私はここを次の探索地と定め、先の調査地であるバーケンヘッドから移動してきた。
 伝説によるとここの竜は大蛇に近い外見をしているそうだが、果たしてここにその様な生物は実際に存在したのであろうか?

   1999年6月某日
 ここワシントン村を探索地に選び、調査を開始してから一週間、さしたる目撃証言も成果も一向に上がらない。
 この地には確かに竜伝説があり、おそらくは中世においては実際にラントン・ワームの様な巨大かつ凶暴な大蛇が棲息していたものと思われる。
 が、しかし現在にはその竜とおぼしき一族の末裔はことごとく滅んでしまったと考えることが妥当であると言えよう。
 どうやら今回は空振りだったようだ。
 ただ、このイングランドには他にもドラゴンに関する伝承を有する土地がある。次なる探索地をヘレフォードシャーに定め、明日にでもここを出発しようと思う。

   1999年6月某日
 やはりこのヘレフォードシャーも先のワシントン村同様に「ワイヴァン」と呼ばれるドラゴンに関する伝説こそあるものの、竜に酷似した未確認生物は存在しないようである。
 いや、あるいは数世紀前であれば実際に人々の生活を脅かす程のものではないにせよ、何かしら伝承のモデルに成り得る珍しい爬虫類が棲息していた可能性は捨てきれない。
 ただ現在ではその類の奇妙な生物の存在はこの土地には認められない。
 このイギリスという島は産業革命発祥の地でもあり、それが影響し竜のモデルと思われる爬虫生物の類はすでにほとんど絶滅してしまっているのかも知れないといった不吉な予感に結果のでない苛立ちとともに包まれつつある。
 ここでもほぼ10日、調査に費やしたもののその成果は上げられなかった。
 これ以上イングランドで時間を費やすことは出来ない。明日ロンドンに向かい、次の探索地であるアイルランドへと発つ準備に取りかからねばならない。

   1999年6月某日
 ロンドン、この島の首都である大都市に意外にも探し求めていたものが有ろうとは、私は全く持って予想だにしなかった。
 それはちょうど私が出発の準備をしている際に、所用で外出していたE氏が発見し、持ち帰ったのである。彼はたまたま迷い込んだ薄暗い細い路地でそれを見つけたと言う。
 先の Red Dragon と比較すると体躯部、尾部等共通点も多いのだが、細く精悍な顔立ち、漆黒の体色、前肢の翼部における構造など明らかな相違点も認められる。
 ただ、一見してこれらが同じ一族の末裔であることは断言しても間違いないだろう。
 私は今回発見したこれを「Black Dragon」と呼ぶことにした。
 予期せぬ新発見の感動に浸る間もなく、すぐさまE氏に案内され、私は新たに見つかったドラゴンの発見地点である路地へと現場検証の為に向かった。
 そこは大都市に唐突に現れたエアポケットの如き場所であった。昼なお暗く、四方を、否、地面を含めた五方をコンクリートの壁に囲まれた都会のジャングルの獣道とでも形容すべき場所がこの路地である。このような場所で人目を避け、ひっそりと、しかしこの世紀末に脈々と竜の末裔が棲息しているとは正に驚異であると言えよう。
 おそらくこの黒い竜は、コウモリやネズミなどの都市に適応した小動物と、こうした場所で共存しているのであろう。
 ただ、今回の発見も前回同様、それが死骸であったことが唯一惜しまれる点である。
 しかし、この様な驚異的な生物が国土に棲息していながら、イギリス人という輩はこれらに対しほとんど興味を持たず、またその存在すら認めない、全く鼻持ちならないジョンブル共だ!奴らときたら骨のズイまで物質主義、資本主義が染みつき、直接実利に関係しないものについては ・・・(訳者註:長くなるので中略、どうも博士はイギリス人に対し怨みでもあるようだ)・・・ 
 今回は次の目的地アイルランドへの渡航の手筈が完了している為、明日には此処を発たねばならない。少々心残りではあるが、いずれ再度この地を調査する必要を強く感じる。



ヒロポンスキー博士による「Black Dragon」のスケッチ




 およそこの様な調子で博士の手記は、その探索が終了するまで続くのです。
 私はこの手記にある本文を訳し、彼の描いたスケッチと共にここに一部掲載することにしましたが、最後までヒロポンスキー博士が採集した未確認生物(私は仮にこれらを「幻獣」と名付けました)が何であったかは現在に至るも謎のままでございます。その点につきましては読者諸氏の旺盛な想像力に委ねることにしまして、私はここで筆を止めることにしようと思います。

 では、いずれまたお会いしましょう。

西暦2000年某日    江本 創



戻る